事業承継で最後に引っかかるのは、株式でも契約書でもなく「人」です。埼玉県の手引きは、許可の承継の要件としてこう書いています。
- 承継予定日以降の営業所技術者等は、原則として従前の者が引き続き常勤していること
- 常勤役員等・営業所技術者等が、承継予定日まで引き続き常勤であること(社会保険の加入資料等で確認)
- 業種が重なる場合は、許可番号を継続する方の業者の営業所技術者等が常勤していること
会社の器は書類で移せます。常勤の連続だけは、あとから作れません。
この記事は、建設業の事業承継を「技術者と常勤役員等の席が1日も空かないように日程を組む作業」として整理します。
進め方は3段階です。まず名称が変わった営業所技術者等の位置づけを確認し、次に承継の要件のうち人に関する2つを条文と手引きで読み、最後に席が空いたときに何が起きるかを見ます。
株価の評価や納税猶予は税理士の領域です。ここでは許可を切らさずに承継を通すための人の配置だけに絞ります。
この記事でわかること:
- 令和6年12月13日から「専任技術者」が「営業所技術者」になった意味
- 埼玉県の承継要件5つのうち、2つが人の話であること
- 業種が重なったときに、どちらの技術者を残すのかの決まり方
- 承継日に技術者を入れ替える場合の「2週間以内」の変更届
- 席が空いたまま埋まらないときに、許可がどうなるか(法第29条第1項第1号)
- 法人成りでいちばん多い途切れ方と、その防ぎ方
目次
承継の可否を最後に決めるのは、書類ではなく人の席

事業承継の相談は、たいてい株式と価格の話から始まります。
ところが建設業の場合、契約条件がまとまってから最後に問題になるのは、まったく別のところです。承継したあと、その会社は許可の要件を自力で満たせるのかという点です。
建設業許可には、会社に紐づく要件と、人に紐づく要件があります。人に紐づくのは次の2つです。
| 要件 | 根拠条文 | 置く単位 |
|---|---|---|
| 常勤役員等(経営業務の管理を適正に行う能力) | 建設業法第7条第1号 | 会社に1人 |
| 営業所技術者(特定建設業は特定営業所技術者) | 建設業法第7条第2号/第15条第2号 | 営業所ごと・業種ごと |
注目すべきは右端の列です。常勤役員等は会社に1人ですが、営業所技術者は営業所ごとに置きます。
条文は「その営業所ごとに、営業所技術者を専任の者として置く者であること」(法第7条第2号)と定めています。営業所が2つあれば2人分、業種が5つあればその5業種をカバーできる配置が要ります。
つまり承継とは、会社を移す作業であると同時に、この席を1つも空けないまま日付をまたぐ作業でもあります。
「専任技術者」は令和6年12月13日から「営業所技術者」になった

用語から整理します。長く「専任技術者(専技)」と呼ばれてきた役割は、法律上の名称が営業所技術者に変わりました。特定建設業では特定営業所技術者です。
国土交通省は、営業所技術者等が工事現場の主任技術者等を兼ねられる措置について「令和6年12月13日から可能となります」と案内しています。名称変更と兼務の特例は、同じタイミングで動いたものです。
兼務の特例には4つの条件がある
この兼務は、無条件に認められるわけではありません。建設業法第26条の5は、次のすべてに該当する場合に限って認めています。
- その営業所において締結した請負契約に係る建設工事であること
- 請負代金の額が政令で定める金額未満であること
- 営業所と工事現場の間の移動時間または連絡方法などが国土交通省令の要件に適合すること
- 現場の状況確認などを情報通信技術を利用する方法で行うために必要な措置が講じられていること
金額の基準は建設業法施行令第33条にあります。1億円、ただし建築一式工事の場合は2億円です。
兼務できる現場の数も政令で決まっています。施行令第34条は「一とする」と定めており、1か所までです。
承継の話に、この特例が効いてくる場面
兼務の特例は、人手が薄い会社ほどありがたい制度です。営業所技術者が現場にも出られるからです。
ただし承継の場面では、逆向きに効くことがあります。兼務でぎりぎり回している体制は、担い手が1人抜けた瞬間に営業所と現場の両方が同時に空くからです。
承継の日程を引くときは、兼務の有無まで含めて誰がどこを埋めているかを書き出しておくと、抜けが見えやすくなります。
埼玉県の承継要件は5つ。うち2つは人の話

埼玉県の「建設業許可申請・届出の手引き」第12章は、承継の認可を受けるための要件を5つ挙げています。
| 要件 | 内容 | 性質 |
|---|---|---|
| ① | 承継の事実が発生する前に申請を行い、認可を受ける(相続は死亡後30日以内) | 日程 |
| ② | 建設業の全部を承継先に承継させる | 範囲 |
| ③ | 同じ業種で一般と特定が食い違わない | 区分 |
| ④ | 承継後の全ての業種について、承継先が許可の要件を満たす | 人 |
| ⑤ | 承継予定日まで許可要件が途切れていない | 人 |
①〜③は、契約書と許可通知書を見れば机の上で判定できます。争いになりにくい要件です。
これに対して④と⑤は、判定材料が社内にしかありません。誰がいつから常勤で、いつまで在籍するのか。ここが承継の実務でいちばん揺れます。
④は「承継後の全業種」で見る
手引きは、承継先の業者は承継後に有することになる全ての業種について、営業所技術者等の配置をはじめとする許可の要件を満たす必要がある、としています。
ここで見落とされやすいのが、足し算になった後の状態で判定されるという点です。承継元の3業種と承継先の2業種が合わさって5業種になれば、5業種すべてを埋める配置が要ります。
一方で、申請の時点で承継先が建設業許可を受けている必要はありません。手引きは、事業譲渡等によって承継元の役員や従業員が承継先に移ることで要件を満たすことになれば承継は可能、と明記しています。
無許可の受け皿会社に移すケースが成り立つのは、この考え方によります。ただしそれは人が実際に移ることが前提です。
⑤は「途切れていないこと」を社会保険で確認する
手引きの要件⑤は、承継者・被承継者等の認可に関わるそれぞれの許可業者において、常勤役員等・営業所技術者等が承継予定日まで引き続き常勤である必要があるとしています。
そして確認方法まで書かれています。認可後の届出(社会保険の加入資料等)の提出により確認します、というのがその一文です。
ここが実務上いちばん重い部分です。役職や委嘱状ではなく、社会保険の記録という第三者が作った時系列で常勤性を見る、という意味だからです。
業種が重なったとき、どちらの技術者を残すのか

承継元と承継先が同じ業種の許可を持っていることは、珍しくありません。この場合、技術者の配置には決まった考え方があります。
手引きは、承継元がA社(建築・大工)、承継先がB社(大工・内装仕上)というモデルで説明しています。
| 業種 | 状況 | 常勤していることが必要な技術者 |
|---|---|---|
| 建築工事業 | 承継元だけが持つ | A社の従前の営業所技術者等 |
| 内装仕上工事業 | 承継先だけが持つ | B社の従前の営業所技術者等 |
| 大工工事業 | 両社が重複して持つ | 許可番号を継続する方の業者の営業所技術者等 |
重なった業種の答えが「許可番号を継続する方」になっている点が重要です。技術者の配置が、許可番号の選択に連動するということだからです。
許可番号は一度選んだら変えられない
手引きによれば、許可番号は原則として承継元のものを使います。承継前から承継先も埼玉県知事許可を受けている場合に限り、承継元と承継先のどちらの番号を使うかを選択できます。
そして一度選択した許可番号は変更できません。認可申請書に記載した時点で確定します。
つまり「どちらの番号を残すか」は、単なる書類上の選択ではありません。重複業種でどちらの技術者に席を用意するかという人事の決定と一体です。
番号を先に決めてしまい、その番号側の技術者が退職予定だった、という順番になると打つ手が減ります。技術者の在籍見込みを先に確認してから番号を選ぶのが安全です。
承継日に技術者を入れ替えるなら「2週間以内」に変更届

では、承継のタイミングで技術者を入れ替えたい場合はどうするか。手引きははっきり書いています。
承継予定日時点で営業所技術者等を変更する場合(先の例では大工工事業の営業所技術者等をもう一方の技術者にする場合)は、承継の日から2週間以内に変更届を提出してください、というのが原文です。
ここで混同しやすいのが、変更届の期限が複数あることです。整理しておきます。
| 何が変わったか | 期限 | 根拠 |
|---|---|---|
| 商号・営業所・役員等・営業所技術者の氏名など(法第5条第1号〜第5号) | 30日以内 | 法第11条第1項 |
| 営業所技術者が置かれなくなり、代わるべき者がいるとき | 2週間以内 | 法第11条第4項 |
| 第7条第1号・第2号の基準を満たさなくなったとき | 2週間以内 | 法第11条第5項 |
| 承継予定日時点で営業所技術者等を変更するとき | 承継の日から2週間以内 | 埼玉県の手引き第12章 |
覚え方はシンプルです。会社の看板まわりは30日、人の席は2週間。人が動いたときのほうが期限が短い、という設計になっています。
承継のスケジュール表を作るときは、承継日で線を引いて終わりにせず、その2週間後に届出のマイルストーンを1本追加してください。認可が下りた安心感で、この2週間が抜け落ちることがあります。
席が空いたまま埋まらないと、許可はどうなるか

ここまでは「途切れさせない」話でした。では、実際に途切れたらどうなるのか。条文は淡々としています。
まず届出です。法第11条第5項は、第7条第1号または第2号に掲げる基準を満たさなくなったときは、2週間以内に、その旨を書面で国土交通大臣または都道府県知事に届け出なければならない、と定めています。
次に処分です。法第29条第1項第1号は、一般建設業の許可を受けた建設業者について第7条第1号または第2号、特定建設業者について第7条第1号または第15条第2号の基準を満たさなくなった場合、当該建設業者の許可を取り消さなければならないとしています。
条文の語尾に注意してください。「取り消すことができる」ではなく「取り消さなければならない」です。裁量の余地がある書き方にはなっていません。
承継前の会社が先に崩れることもある
承継の実務で怖いのは、承継先ではなく承継元が先に要件を失うパターンです。
承継の話が動き出すと、承継元の従業員が先に転職を決めることがあります。承継元の営業所技術者が承継予定日より前に抜ければ、承継元の許可そのものが要件を欠きます。
承継されるのは建設業者としての地位であり、手引きはそこに承継元が受けた監督処分や経営事項審査の結果も当然に含まれるとしています。承継元の許可が揺らげば、引き継ぐ中身も揺らぎます。
だからこそ、承継の日程を関係者に共有する範囲とタイミングは、慎重に設計する価値があります。
法人成りでいちばん多い途切れ方は「社会保険の資格取得日」

個人事業から法人化する、いわゆる法人成りも承継の一形態です。手引きは事業譲渡の説明に「個人事業の法人化(いわゆる『法人成り』)も含みます」と明記しています。
そして手引きは、この類型だけを名指しで注意しています。特に法人成りの場合、承継予定日が社会保険等の資格取得日となっていることなど、承継される側の許可要件が途切れないように、十分に注意してくださいという一文です。
3つの日付がずれると常勤性が説明できない
法人成りでは、次の3つの日付が独立して動きます。
- 法人の設立登記日(法務局のスケジュールで決まる)
- 社会保険の資格取得日(年金事務所への届出で決まる)
- 承継予定日(認可申請書に書いた日付)
常勤性は社会保険の加入資料で確認されます。したがって社会保険の資格取得日が承継予定日より後ろにずれると、その間だけ常勤の証明が空白になります。
個人事業主として国民健康保険・国民年金だった方が、法人の社会保険に切り替わるまでに数週間かかるのは珍しくありません。事務手続きとしては普通のことが、承継の審査では空白として見えてしまいます。
逆算の起点は、設立日でも承継日でもなく社会保険の資格取得日に置くのが現実的です。年金事務所の処理日程を先に確認してから、承継予定日を書き込む順番にしてください。
技術者の目線で承継カレンダーを引き直す

最後に、人を軸にした日程の組み方を示します。埼玉県知事許可を前提にした型です。
| 時期 | やること | 確認するもの |
|---|---|---|
| 承継日の数か月前 | 両社の技術者・常勤役員等を業種ごとに棚卸し | 資格証・実務経験・在籍見込み |
| 棚卸しの直後 | 重複業種を確認し、許可番号をどちらにするか決める | 残す側の技術者の在籍見込み |
| 申請の前 | 建設管理課 建設業担当で事前相談 | 手引きは事前相談を前提としている |
| 承継の事実発生日の30日前まで | 申請を完了させる(埼玉県の運用) | 不足書類があると受付されない |
| 承継日まで | 常勤役員等・営業所技術者等を1日も空けない | 社会保険の加入記録 |
| 承継日の2週間後まで | 技術者を入れ替えたなら変更届 | 手引き第12章/法第11条第4項 |
埼玉県の場合、承継の申請は持参による受付のみで、郵送および電子申請による受付は行っていません。申請手数料はかかりませんが、窓口に行く日を人の手当てとセットで押さえておく必要があります。
受付時間は月曜日から金曜日(祝日・12月29日〜1月3日を除く)の午前9時〜午前11時、午後1時〜午後4時15分です。半日単位で予定を空ける前提で組んでください。
なお、承継後の許可の有効期間の起算点は承継の日の翌日です(法第17条の2第7項)。このため、承継のあと最初の更新までの許可期間は5年と1日になります。技術者の要件を維持する期間も、その分だけ続きます。
建設業の事業承継と技術者に関するよくある質問(FAQ)
Q1. 承継のとき、営業所技術者は入れ替えてもよいのですか?
埼玉県の手引きは、承継予定日以降の営業所技術者等について原則として従前の者が引き続き常勤している必要があるとしています。
そのうえで、承継予定日時点で変更する場合は承継の日から2週間以内に変更届を提出するよう案内しています。入れ替えが禁止されているのではなく、審査は従前の者が続くことを前提に組まれている、と理解してください。
Q2. 同じ業種が重なったら、どちらの技術者を残しますか?
手引きは、重なる業種については許可番号を継続する方の業者の営業所技術者等が常勤していること、と説明しています。
許可番号は原則として承継元のものを使いますが、承継前から承継先も埼玉県知事許可を持つ場合は選択できます。一度選んだ番号は変更できないため、技術者の在籍見込みを確認してから決めてください。
Q3. 常勤役員等(経営業務の管理責任者)も承継日まで必要ですか?
必要です。手引きは、常勤役員等・営業所技術者等が承継予定日まで引き続き常勤である必要があるとし、認可後の届出(社会保険の加入資料等)の提出により確認しますとしています。
役職名ではなく、社会保険の記録で説明できる常勤性が問われます。
Q4. 営業所技術者が辞めて代わりがいない場合はどうなりますか?
建設業法第11条第5項により、第7条第1号または第2号の基準を満たさなくなったときは2週間以内に書面で届け出なければなりません。
そのうえで法第29条第1項第1号は、この基準を満たさなくなった場合に許可を取り消さなければならないと定めています。空席のまま様子を見る、という選択肢は制度上ありません。
Q5. 法人成りでも同じ注意が必要ですか?
必要です。手引きは法人成りを事業譲渡に含めたうえで、承継予定日が社会保険等の資格取得日となっていることなど、承継される側の許可要件が途切れないよう十分に注意するよう求めています。
設立登記日・社会保険の資格取得日・承継予定日の3つがずれると、常勤性の連続が示せなくなります。
Q6. 「専任技術者」という呼び方はもう使わないのですか?
法律上の名称は営業所技術者(特定建設業では特定営業所技術者)です。国土交通省は、営業所技術者等が現場の主任技術者等を兼ねられる措置について「令和6年12月13日から可能となります」と案内しています。
現場では専任技術者という言い方も残っていますが、申請書類や手引きの表記は営業所技術者等に移っています。
Q7. 承継の認可が下りなかったら、元の許可はどうなりますか?
手引きは、申請を取り下げたり承継の事実が発生しないことが確定したりした場合に、その時点で承継元や承継先の許可の有効期間が満了していると従前の許可を更新することはできないと注意しています。
更新期限の直前に承継予定日を置く設計そのものが危険だ、ということです。
Q8. 承継の申請に手数料はかかりますか?
埼玉県の手引きは「手数料はかかりません」と明記しています。新規許可の申請手数料とは扱いが異なります。
ただし申請はすべて持参による受付で、郵送および電子申請による受付は行っていません。窓口に出向く日程は必要です。
まとめ:契約書の日付より先に、社会保険の日付を決める
建設業の事業承継で見落とされるのは、いつも同じ場所です。
- 承継後の全業種について、承継先が要件を満たすこと(手引き要件④)
- 常勤役員等・営業所技術者等が、承継予定日まで途切れないこと(同⑤)
- 重複業種は許可番号を継続する方の技術者に合わせること
- 承継日に入れ替えるなら2週間以内に変更届
- 要件を欠けば、法第29条第1項第1号により許可は取り消される
この5つに共通しているのは、いずれもあとから遡って作れないという性質です。株式の移転日は書類で決められますが、常勤の記録だけは時間が経たないと積み上がりません。
だから順番はこうなります。年金事務所の処理日程を確認し、社会保険の資格取得日を固め、その日に合わせて承継予定日を置き、そこから30日前に申請完了を置く。契約書の日付を書き込むのは、その後です。
建設業界は、人の頭数と資格で会社の値段が決まる産業です。デジタル化が遅れていると言われる分野ですが、逆に言えば誰がどの業種を支えているかを一覧にできている会社は、それだけで承継に強いとも言えます。棚卸しは気合いではなく表で解決する仕事です。
当事務所は朝霞市・志木市・新座市を拠点に、埼玉県の建設業者の許可・経審・入札を支援しています。承継の相手先が見えた段階、あるいは後継者が決まった段階で、技術者の一覧づくりからご一緒できます。
日付を契約書に書き込む前にご相談いただければ、席の空きを埋める手はまだ複数残っています。
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本記事は2026年8月15日時点の法令・公表情報に基づいています。個別の承継の可否や税務の取扱いは事案により異なります。株式評価・納税猶予など税務に関するご判断は税理士にご相談ください。