「うちの会社にそんな価値があるとは思わなかった」——建設業の事業承継相談で、税理士から株価試算を見せられた経営者が真っ先に口にする言葉です。
長年コツコツ積み上げてきた利益剰余金、機械装置の含み益、自社所有の土地。これらが積み重なった結果、中小建設業の自社株評価が1株あたり数万円〜数十万円になっているケースは珍しくありません。発行済株式数1,000株として総額数千万円〜数億円。後継者である息子・娘・幹部社員が「とても買い取れる金額ではない」と承継を断る——この問題が、建設業の事業承継が進まない最大の構造的要因です。
本記事では、建設業の事業承継における株式評価の仕組みを、純資産価額方式・類似業種比準方式・配当還元方式の3つの算定方法から実務的に解説します。さらに、株価が高くなった場合の買取資金リスクと、株価圧縮・資金調達・税制活用の3方向で打てる具体的な対策を行政書士の視点で整理します。
この記事は次のような方に向けて書いています:
- 売上3〜30億円規模の中小建設業オーナー経営者で、5年以内に事業承継を検討している方
- 親族・幹部社員から株式承継を打診されているが、株価が見えていない方
- 事業承継税制の2027年期限を意識しながら、株価対策の打ち手を整理したい方
- 建設業M&Aを売り手として検討中で、自社株の評価ロジックを理解しておきたい方
この記事でわかること:
- 建設業の自社株が「想定外に高く」なる構造的理由
- 株式評価3方式(純資産価額・類似業種比準・配当還元)の建設業での適用
- 後継者が買い取れない「買取資金リスク」の3つの破綻パターン
- 株価を圧縮する5つの自社株対策の実務
- 買取資金を確保する3つの調達ルート
- 事業承継税制特例措置(2027年12月期限)との組み合わせ判断
目次
なぜ建設業の事業承継で株価が「想定外に高く」なるのか
建設業の中小企業は、他業種と比較して株価が高評価になりやすい構造的特徴を3つ抱えています。経営者本人が自社の決算書を見ても気づきにくいのですが、相続税法上の評価ルールに当てはめると、想像以上の金額になります。
理由1:内部留保が積み上がりやすい業種
建設業は、公共工事を受注するうえで経営事項審査(経審)のY点(経営状況分析)を高く維持する必要があります。Y点は自己資本比率や流動比率など財務指標から算出されるため、節税よりも内部留保の積み上げを優先する経営判断が長年続いてきました。
結果として、利益剰余金が数億円規模に達している中小建設業者は珍しくありません。この利益剰余金は、株式評価上は純資産価額方式の評価額をそのまま押し上げる要因になります。
理由2:含み益のある固定資産を抱えている
本社社屋・倉庫・資材置場・社員寮の土地を、創業期から保有し続けているケースが多いのも建設業の特徴です。簿価ベースでは数百万円でも、相続税評価では時価で再評価されるため、含み益が一気に表面化します。
特に首都圏・近畿圏で土地を保有している建設業者は、含み益が数千万円〜数億円規模になることもあり、純資産価額方式の評価額を大きく押し上げます。
理由3:類似業種比準方式の「建設業株価」が高水準
非上場株式の評価では、上場している同業種企業の株価平均を参照する類似業種比準方式が使われます。国税庁が毎月公表する「類似業種比準価額計算上の業種目および業種目別株価」において、建設業の業種目(総合工事業・職別工事業・設備工事業)の株価は、近年の建設投資回復と人手不足由来の単価上昇を背景に高水準で推移しています。
つまり、自社の利益・配当・純資産が大きいだけでなく、業種全体の市況も評価額を押し上げる方向に働いている——これが、いま建設業の事業承継で株価が高くなっている本質的な理由です。
建設業の株式評価3方式 — 純資産価額・類似業種比準・配当還元
非上場である中小建設業の自社株を評価する方法は、相続税法上、誰が誰から取得するかによって3方式に分かれます。経営者本人がまず理解すべきは、同族株主が承継する場合は原則として「類似業種比準方式と純資産価額方式の併用」になり、配当還元方式は使えないという点です。
純資産価額方式
会社の資産を相続税評価額で時価評価し、負債と法人税額等相当額(評価差額の37%)を差し引いて1株あたりの純資産額を算出する方法です。建設業のように含み益のある土地や内部留保が大きい企業ほど、評価額が膨らみやすいのが特徴です。
計算式の骨格は次のとおりです。
- 1株あたり純資産価額 = (相続税評価額ベースの純資産 − 評価差額に対する法人税等相当額37%)÷ 発行済株式総数
類似業種比準方式
国税庁が公表する「類似業種比準価額」の建設業株価(総合工事業・職別工事業・設備工事業のいずれか)を基準に、自社の「配当」「利益」「純資産」の3要素を比準して評価する方法です。大会社ほどこの方式の比重が高くなり、純資産価額方式よりも評価額が低くなる傾向があります。
会社規模区分は、従業員数・取引金額・総資産価額の組み合わせで「大会社/中会社の大/中会社の中/中会社の小/小会社」の5区分に分類され、区分ごとに2方式の併用割合が変わります。
配当還元方式
同族株主以外の少数株主が取得する場合に限り使える評価方法で、過去2年間の配当実績を還元率10%で割り戻して算出します。後継者が同族株主に該当する限り、原則として使えません。「配当還元方式で評価すれば株価は下がる」という誤解がよくありますが、親族内承継・幹部社員MBOの大半では適用できない点に注意が必要です。
3方式の比較整理
| 評価方式 | 適用場面 | 建設業での評価傾向 | 主な引き上げ要因 |
|---|---|---|---|
| 純資産価額方式 | 小会社、または同族株主の併用評価 | 非常に高くなりやすい | 含み益のある土地、内部留保、機械装置 |
| 類似業種比準方式 | 大会社、または同族株主の併用評価 | 業種平均株価次第。近年は高水準 | 建設投資回復、業種別株価の上昇 |
| 配当還元方式 | 同族株主以外の少数株主のみ | 一般に低額 | 過去2年の配当実績 |
同族株主である後継者が承継する場合、大半のケースで純資産価額方式と類似業種比準方式の併用評価が適用されると理解しておいてください。配当還元方式を前提に承継設計を組むと、後で評価額のギャップに驚くことになります。
後継者が買い取れない「買取資金リスク」の正体
株式評価額が出たあと、後継者がぶつかる現実は「その金額を払う現金がない」というシンプルな問題です。3つの破綻パターンに整理できます。
パターン1:後継者の個人借入限度を超える
後継者である息子・娘・幹部社員が、評価額相当の個人借入を起こそうとしても、金融機関の与信は本人の年収・既存債務に紐づきます。評価額が3,000万円を超える時点で、個人保証ベースの借入では届かないケースが大半です。
パターン2:贈与税・相続税が後継者の支払能力を超える
贈与・相続による承継でも、株価評価額がそのまま課税ベースになります。たとえば評価額1億円の自社株を一括贈与すれば贈与税は5,000万円前後(特例適用前)に達し、後継者の個人資産では到底払えません。事業承継税制(特例措置)の納税猶予を使わない限り、現実的な選択肢になりにくいのが実情です。
パターン3:分散承継で経営権が確保できない
後継者の資金不足を回避するため、株式を兄弟姉妹・配偶者・親族に分散させて承継すると、後継者の議決権割合が2/3を下回り、特別決議が単独で通せなくなります。建設業の事業承継では、許可承継認可の届出・経営業務管理責任者の変更といった重要決議が頻発するため、議決権の分散は実務上の致命傷になります。
これら3つの破綻パターンを避けるには、株価圧縮・買取資金調達・税制活用の3方向を並行して動かす必要があります。
建設業の株価を圧縮する5つの自社株対策
株式評価額そのものを下げる「自社株対策」は、承継の5年前から仕込めば実効的に効きます。建設業に有効な5つの打ち手を整理します。
対策1:役員退職金の支給で純資産を圧縮
現経営者の役員退職慰労金を適正額で支給すれば、その金額分が損金算入され、利益剰余金(=純資産)が圧縮されます。建設業のように内部留保が厚い会社ほど効果が大きく、退職金支給直後の事業年度に株価が大きく下がるのが定石です。
適正額の目安は「最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率(通常2.0〜3.0)」で、税務上問題にならない範囲で設計する必要があります。
対策2:含み損資産・不良在庫の整理
長期保有している遊休不動産・古い建設機械・処分困難な資材在庫を、評価減または売却損として計上する打ち手です。建設業は機械装置・仮設材・型枠など現場で循環する資産が多く、簿価が残ったまま実質価値ゼロのものが必ずあります。これを整理することで純資産価額方式の評価額が下がります。
対策3:持株会社化(ホールディングス化)
新設するホールディングス会社に株式移転で旧会社株式を集約し、後継者が議決権を持株会社経由で取得する構造です。持株会社の株式評価では、子会社株式の含み益に対する37%控除が適用されるため、間接的に株価が圧縮されます。
ただし、建設業許可を持つ事業会社が子会社化する場合、経営業務管理責任者(経管)の体制をホールディングス化前後で連続させる設計が必須です。許可の維持を前提とした再編設計については「建設業許可の承継認可」も合わせて確認してください。
対策4:種類株式・属人的株式の活用
議決権制限株式・拒否権付株式(黄金株)・属人的株式といった種類株式を発行することで、後継者には議決権を集中させつつ、配当受給権は他の親族に分散するという設計が可能になります。株価評価額そのものを下げる効果は限定的ですが、買取資金の総額を抑える設計に有効です。
対策5:事業承継税制(特例措置)との組み合わせ
2026年5月時点で運用されている法人版事業承継税制の特例措置は、2026年3月31日までの特例承継計画提出が要件で、2027年12月31日までの贈与・相続が納税猶予の対象となります。特例措置を使えば、後継者が承継した自社株にかかる贈与税・相続税の100%が納税猶予されます。
株価圧縮策と組み合わせて使うことで、「圧縮後の株価ベースで納税猶予を受け、買取資金問題を実質回避する」設計が成立します。詳しい税制の構造は「建設業の事業承継税制」で整理しています。
買取資金を確保する3つの調達ルート
株価を圧縮しても、なお後継者の支払能力を超える場合は、買取資金そのものを外部から調達する設計が必要になります。
ルート1:金融機関の事業承継ローン
地方銀行・信用金庫・日本政策金融公庫が提供する事業承継支援融資です。日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」は、後継者個人または事業会社が対象で、運転資金として最長20年・設備資金として最長20年の長期融資が利用できます。
金融機関の与信判断では、経営者保証ガイドラインに基づき後継者個人の経営者保証を外す交渉も並行して進められます。経営者保証と事業承継の関係は「経営者保証と事業承継」で詳説しています。
ルート2:MBO・サーチファンドスキーム
幹部社員が後継者となるMBO(マネジメント・バイアウト)では、特別目的会社(SPC)を設立し、SPC が金融機関・投資ファンドから資金調達して旧会社株式を買い取る構造を組みます。後継者個人のキャッシュ拠出を最小化できる強力なスキームですが、金融機関側にも事業計画・キャッシュフロー予測の精緻な提示が求められます。
ルート3:事業承継・引継ぎ補助金
中小企業庁が運用する事業承継・引継ぎ補助金(経営革新枠・専門家活用枠・廃業・再チャレンジ枠)は、株式買取自体の資金にはなりませんが、承継に伴う設備投資・専門家報酬・既存事業の整理費用を補助します。買取資金を金融機関融資で賄いつつ、関連費用を補助金で補填する組み合わせが現実的です。
調達ルート3つを比較します。
| 調達ルート | 主な対象 | 使い道 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 金融機関融資 | 後継者個人または事業会社 | 株式買取資金、運転資金 | 事業計画・返済原資の提示が必須。経営者保証ガイドライン適用要交渉 |
| MBO・SPCスキーム | 幹部社員後継者 | 株式買取資金 | SPC設計・投資契約に専門家関与必須 |
| 事業承継・引継ぎ補助金 | 事業会社 | 承継関連の設備投資・専門家報酬 | 株式買取自体は対象外。公募スケジュール要確認 |
株価対策と並行して整える3つの実務
株価圧縮・買取資金調達がそろっても、建設業特有の実務手続きを並行で進めないと、承継のタイミングで許可が空白になります。
実務1:経営業務管理責任者(経管)の交代準備
2024年12月13日施行の改正建設業法以降も、建設業許可の維持には経営業務管理責任者の要件を満たす者の常勤配置が必須です。後継者が経管要件(5年以上の経営業務経験または6年以上の補佐経験)を満たす期間を、承継の少なくとも5〜6年前から逆算して仕込んでおく必要があります。
実務2:許可承継認可の手続き
2020年10月施行の改正建設業法以降、合併・会社分割・事業譲渡・相続による建設業許可の承継は、事前認可を受けることで許可が空白期間なく承継されます。M&Aで売り手として承継を検討する場合、買い手側のデューデリジェンスで承継認可の可否が必ず論点になるため、社内体制を事前に整えておくことが評価額を守る打ち手にもなります。買い手視点のDDポイントは「建設業M&Aのデューデリジェンス」を参照してください。
実務3:経営事項審査スコアの維持
役員退職金の支給・含み損資産の整理など株価圧縮策は、経審のY点(経営状況分析)を一時的に下げる副作用を持ちます。公共工事の受注実績がある建設業者は、Y点低下が翌期以降の入札参加資格に直結するため、株価対策の実施タイミングを経審申請の前後でずらす設計が不可欠です。
建設業の事業承継・株式評価でよくある質問(FAQ)
Q1. 建設業の株式評価で純資産価額方式と類似業種比準方式のどちらが使われますか?
同族株主が取得する場合、原則として両方式の併用評価となります。会社規模区分(大会社・中会社の大/中/小・小会社)に応じて、類似業種比準方式の比重が変わります。大会社ほど類似業種比準方式100%に近づき、小会社は純資産価額方式100%が原則ですが、納税者選択で類似業種比準方式との併用も認められます。
Q2. 後継者が買い取れない場合、株式を会社が買い取ることはできますか?
自己株式取得(金庫株)として会社が買い取る方法は可能ですが、買い取り原資が分配可能額の範囲に限定されるうえ、現経営者にみなし配当課税(最大税率約55%)が発生するため、事業承継の出口としては税負担が極めて重い選択肢です。事前の税務シミュレーションが必須です。
Q3. 事業承継税制を使えば株価が下がるのですか?
事業承継税制は株価そのものを下げる制度ではなく、贈与税・相続税の納税を猶予する制度です。株価評価額は通常どおり算定されたうえで、その評価額に対する税額が100%猶予されます。猶予が取り消されると本税+利子税が発生するため、雇用維持要件・後継者要件を継続的に満たす運用設計が必要です。
Q4. 役員退職金を出すと経審スコアに影響しますか?
はい、影響します。役員退職金は特別損失として計上されるため、当期利益・自己資本ともに減少し、経審のY点(経営状況分析)が低下します。経審の有効期間1年7か月のサイクルを踏まえ、役員退職金支給期と経審申請期を意図的にずらす設計が一般的です。
Q5. 株式評価額が高い場合、M&A(外部売却)の方が後継者承継より有利ですか?
必ずしも有利とは限りません。M&Aでは買い手側の評価額(EBITDAマルチプル等)が相続税法上の評価額より高くなることもありますが、許可承継認可・経管承継・既存従業員の処遇など、建設業特有の承継リスクが取引価格から差し引かれる場合が多いです。後継者承継とM&Aの比較は、株価対策と並行して両にらみで検討するのが現実的です。
まとめ — 株価は「気づいた時には遅い」、5年前から動く
建設業の事業承継における株式評価は、業種特有の構造(内部留保・含み益のある土地・建設業株価の業種平均)によって、想定以上に高くなりやすい領域です。後継者が買い取れない・税金が払えない・議決権が分散する——この3つのリスクは、株価評価額が確定してから動いても間に合いません。
承継の5年前から、株価圧縮(自社株対策)・買取資金調達ルートの確保・税制活用(事業承継税制の2027年期限)の3方向を並行して仕掛けることが、「仕組みで解決する」事業承継の基本です。建設業界全体がIT化・人手不足・後継者不在の3重苦に直面しているいま、株価という見えにくい論点を放置することは、会社そのものを失うリスクと直結します。
知らないと損するのは、株価が高いことそのものではなく、株価が高くなる構造に対して打ち手があることを知らないまま時間を浪費することです。AIで決算書や株価試算が誰でもできる時代になっても、建設業許可・経管交代・承継認可・経審スコア維持と絡んだ事業承継の総合設計は、専門家の介入なしには成立しません。
当事務所では、行政書士として建設業許可・承継認可・経管交代の実務を、税理士・金融機関・M&A仲介と連携して進める総合的な事業承継支援を行っています。株価試算を見て驚いた段階でも、まだ打てる手は十分にあります。早めの相談ほど選べる選択肢が増えますので、お気軽にお問い合わせください。